移住という人類の営み(沖縄・石垣島)

石垣島の北部に野底マーペーという少し変わった名前と形の山があります(地元発音では「ヌスク」、内地風では「のそこ」)。高さは282メートル。歩いてしか登れないので観光ガイドにはほとんど出てきませんが、ふもとから40分も歩けば頂上まで登れてしまいます。
この山には移住にまつわる悲しい伝説があります。今から268年前、石垣島の南方に浮かぶ離島、黒島にマーペーという娘と、恋仲の若者がおりました。ところがある日、役人がやってきて「この村のこの道からこちらに住む人間は、石垣島に移住して開拓に従事せよ」と命令をくだし…マーペーは恋人と引き裂かれ、この野底の村に強制移住させられてしまったのです。
恋人を思うあまりマーペーは故郷の黒島を見ようとこの山に登り…しかし目の前には沖縄最高峰の於茂登岳がたちふさがり…悲しみのあまりマーペーは祈りながら石になってしまった…という話です。
以来島人はこの山を「野底マーペー」と呼ぶようになり、特徴ある山の形も琉髪を結った女性がうなだれているように見えると言われています。
「道切り」とも言われるこの強制移住は史実であったという記録が残されています。今の感覚では石垣島より黒島のほうが小さく離島であると思ってしまいますが、マラリアのあった時代にはジャングルがない黒島のほうが住むのに適していたという考え方もあるようです。
あちこちの「ニュータウン」を見て歩いていると(ニュータウンへ来た人たちは強制で来たのではないですが)、「まとまった移住」は人類の歴史上、古今東西どこでも起きる現象であり、ニュータウンはたまたまそれが大規模に起きただけではないか…という思いに至ります。ニュータウンは一種の都市の「典型」なのです。「人工都市」「計画都市」というと何かすごく特異なもののように思いがちですが、「町をつくる」ということは本質的に人為的な営みでしょう。
だから、移住で起きる喜びや悲しみには、人の心を掴む普遍性があるのではないでしょうか。
今も野底マーペーの頂上からは黒島を見ることはできません。しかし太平洋と東シナ海を一度に望め、風の音しか聞こえないこの山頂は、とても素晴らしいポイントです。

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