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藤白台スカイツリー

デュー山田の屋上からこんどは北側に目を向けると…鉄塔!鉄塔!鉄塔!
東京スカイツリーや太陽の塔みたいに有名じゃないけれど、いかにも「郊外」っていう藤白台に欠かせない前景です。千里ニュータウンのほぼ東端にそって、北は茨木のゴルフ場方面に、南は高野台方面に伸びていますが、どこへつながっているのでしょうか…?
右下にはこれも山田駅付近のトレードマーク、三つ子のガスタンクが見えます(ガスタンクの上の大きな建物が阪大病院)。ニュータウンのインフラを支える、たくましい風景です。今年の夏は節電しないとね…

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コメント

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  • コメント (11)

    • てつ
    • 2012年 6月 10日

    山田のデューから見る千里ニュータウンの風景も好きですが
    千里中央のヤマダ電機の駐車所から沈む夕日を見るのもいいもんです
    しかし 鉄塔の付近は 電磁波でよくないと聞きますが
    大丈夫なのでしょうか?{%泣くwebry%}

    • 奥居武
    • 2012年 6月 10日

    さあ…理系的なことを僕に聞かれても…ただこの鉄塔は周辺緑地や万博駐車場など、人家がない場所を選んで立てられてはいます。

    • 鉄塔はNT開発時に移設してます
    • 2012年 6月 15日

    昔の住人です。
    送電鉄塔はNT開発時に昔の位置から移設してますよ。
    ガスタンクも最初は一基だけでしたね。
    団地の窓から毎日万博の工事が進んでいくのを見ていました。

    • 奥居武
    • 2012年 6月 16日

    昔の住人さん、この鉄塔は移設されているのですね。昔はどちら寄りにあったのでしょうか?国土地理院の昔の航空写真サイトなどを見てみましたが、小さすぎてわかりませんでした。ガスタンクはNT開発当時から万博前後にかけて1つづつ増設されていったので、よく研究すれば、ガスタンクの数で写真の年代がわかったりするんですが…これももう40年ぐらいたって、「ガスタンクの建替」ってあるのかな?と思ってしまいました。

    • ぴィちゃん
    • 2012年 6月 16日

    奥居武さん、昔の住人さんこんにちは。
    横レスすいません・・
    実は以前NT40周年の記念本で鉄塔に関する記事が載っていた事があって、気になって調べていたことがあったんです。送電線そのものは小曽根の変電所と高槻の変電所を結ぶと記憶していますが、そのコース上にまともにNTがありました。コース変更されたのは南千里のジャスコから阪急山田駅周辺まで。今は佐竹台から東へ行って、山田西(ヒメボタルの所)を通って山田に着きますが、当時はそのまま北上しスマイルホテルの西側を通って千里南公園の牛ヶ首池の真上を電線が通ってました。たしか大正末期と昭和10年頃の敷設の2本構成だったと思います。その2本はほぼ平行し、撤去されたのは昭和38年の暮れだったと思います。今でも千里南公園のレンガのトイレの裏(大正の方)、津雲公園の山の上(昭和の方)の基礎を見る事が出来ます。
    もうご存知の情報かもですがご参考までに^^
    長レス失礼しました☆ではでは

    • てつ
    • 2012年 6月 17日

    ガスタンクの建て替えは存じませんが
     http://www.youtube.com/watch?v=g77xPm6kYcI
    りんご皮むき工法は有名ですね{%笑いwebry%}

    • 奥居武
    • 2012年 6月 17日

    うお~、鉄塔にガスタンクに、どんどん詳しい(というかマニアックな)情報が出てくるなあ~ありがとうございます!こんな地味なトピック、コメントもつかないだろうなと思ってタイトルだけ流行りものに便乗してみたのですが…ニュータウンの開発に沿って東にどかしたからニュータウンをふちどるように鉄塔は並んでいるんですね。牛ヶ首池の古い映像ならあるので一度見てみます。上を電線が通っているかどうか…

    • 通りがかりのものです
    • 2012年 6月 22日

    うわさですので、真偽はわかりませんが、昔、梅棹忠夫は民博の土地を与えられるとき、そんな鉄塔のある端(いまでいうおゆばあたりか)はイヤヤといって、今のところになったらしいです。

    • 奥居武
    • 2012年 6月 22日

    面白いウワサですね。ほんとかなあ。あと考えられるとしたら、いまテニスコートがあるあたりですね。阪大と隣だし。日本民芸館や、当時はまだあった美術館、ホールと近い今の場所が「文化ゾーン」として妥当なような気がします。みんぱくが西寄りにあったら藤白台住民としては行きやすかったでしょうが、一般的には不便ですよね。

    • 北千里おばさん
    • 2012年 7月 09日

    昭和39年 秋頃 母と 古江台の 府営を申し込んだのを 見学に行きました。 新千里山駅で まず 駅前の 一本松に 目を奪われ 人通りのない街中を、弘済院まで行き 赤い屋根の建物。道路向かいには よろずやが 一軒 やっと出会った人に 道を 訊ねると その方は、引っ越してきたばかりで 分からないと 送電線と竹藪の 向こうに 道があるような でも その日は 引き返しました。翌年5月に 古江台に引っ越しました。

    • 奥居武
    • 2012年 7月 09日

    僕が藤白台に越してきたのも昭和39年の10月でしたが、新千里山駅前の一本松は覚えてないなあ…弘済院が小さな赤い屋根の連棟だったのは覚えています。なんとなく山小屋風の。越してきてからも電話がなく、雪の日に津雲台七丁目の電報電話局まで(いまの山田駅のへんにあった九十九のバス停から歩いて?)母に連れられて行ったのも、心細くなる思い出でした。幼稚園児でもわかるドイナカぶりで、前に住んでた塚口がなんと都会に思えたことか!あんまり竹林が続いているものだから景色が怖かったです。古い映像を見ると、たしかに牛ヶ首池の上空を南北に高圧線が横切っていますね。変われば変わる…というのはまさに千里丘陵のためにある言葉です!

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