すべてはこの1枚から始まった(NT入居から60年)

もはや歴史的資料ということになるのでしょう、1964年、私の父が千里ニュータウンの宅地分譲抽選に応募して、何度目かのトライでようやく「補欠当選」した時の通知はがきです。当時、千里ニュータウンは知る人も少ない「山奥の新興開発地」で、電車は新千里山(南千里)までしか通っていないしバスも途中までしか来ていないし道は舗装されていないしお店も幼稚園も診療所も近くにはなく、電話も!ついていない…電気ガス水道だけはどうにか間に合いましたという「ヒドイ所」ではありましたが、父は尼崎の社宅住まいから脱出したかったのです。千里のほかにも生駒のほうとか、大阪近郊のあちこちに下見に行っていました。千里の下見は4歳だった私も連れていかれ、幼心に「これは僻地だ」とわかったものですからとても心細かったのを憶えています。(尼崎だって当時は田んぼとかいっぱいありましたが一応は阪神間でしたから…お店も幼稚園も診療所も歩いて行けました!)

それでも当時は都市部の人口はどんどん増えていて、「家をゲットするなら早い者勝ち」というムードだったのです。池田内閣の所得倍増政策で給料は上がっていて、物価も緩やかに上がっていましたが物価と給料が上がるということは(その傾向が将来も続くならば)ローンを組んで将来返したほうがトクをするということになります。「大阪府の事業だから」という信用も後押ししたのでしょう。今は西部劇の一場面のような「開拓現場」でも、将来はきっと良くなる。そう信じて、せっせと応募はがきを何回も出していたようです。父はもう40代半ばでした。

こちらそのはがきのオモテ面(もう地名も変わっているし父も故人なので出しても問題ないでしょう)。はがき料金は5円。今は85円ですから1/17の物価ということになります。使い残した年賀切手で、えとは2024年と同じ「たつ年」です。差出人は大阪府ではなく住宅金融公庫になっていて、大和銀行(現在のりそな銀行)本店信託部が実際の事務をやっていたようです。千里には今でもりそな銀行の支店が拠点駅にありますが、大阪府とのつながりはこの当時からずっとなのですね。「大阪市東区」は現在の中央区です。

その頃は大勢の人が住宅応募のはがきをあちこちに出しまくっていて、重複当選したり、当たってからやっぱりローンがきついとあきらめたりの理由で「辞退」した人も結構いたのでしょう。わが家は「補欠」ではありましたが、めでたく繰り上がって入居確定でき、半年でセキスイハウスのプレハブ住宅を建てて千里へ越してくることになりました(宅地と上物の関係は区画によっていろいろあって、わが家の区画は「セキスイハウスで建てなさい」というメーカー条件だけが指定されていて、間取りはカタログから選ぶことができ、多少のアレンジはできるという売り方でした)。引越は、1964年10月18日(日曜日)。テレビでは東京オリンピックの「東洋の魔女」の試合をやっていました。荷物も片付いていないのに、「試合を見たいから早くアンテナつないで!」と父が急かしていたのを憶えています。

それから60年がたってしまいました!5歳だった私は65歳。11月に豊中であった展示会にこのはがきを展示してもらうことになり、当時の記憶を再発掘する機会になりました。60年と言えばほぼ2世代分です。僕もトシを取ったわけです。千里がこれからも、わくわくするような気持ちを忘れない町でありますように。もう「年寄り役」になった私は、昔話でも何でもやりますよ!(最近そういう依頼が多くなってきました。)皆さん良いお年を。

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コメント

    • YASU
    • 2024年 12月 31日

    うろ覚えですが
    坪3万円程度で
    今では、只みたいな金額だが

    ローン不可で、
    100坪なら300万円を
    一括支払いと言うことで
    当時としては
    結構負担であったらしい。

      • 奥居武
      • 2024年 12月 31日

      うちも坪単価はそんな感じで、でもローンを組んで10~15年程度で返したようです。一般的な物価・給与水準より不動産価格のほうが激しく上昇したので、今なら中古マンションを買うような負担感で新築戸建が買えたようです。(しかし周辺環境は未開でヒドかった!プレハブハウスも簡素だったし。世の中何が「トクした」ことになるのかわからない)

  1. 2025年 1月 04日

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