クリスマスイブは中之島の大阪府立図書館へ。万博好きとしては見逃せない「博覧会の展覧会」が開かれていて、これがなかなかスゴイらしいと聞きつけたからです。…想像以上でした!
クラシックな展示室いっぱいに展開された、70年万博から2025年万博の進行中のグッズまで、日本で開かれた「万博」から海外で開かれた「万博」、園芸博、地方博…もうとにかく宝箱をひっくり返したような品々の数々!…そのコレクションのこまやかさもさることながら、一番感銘を受けたのは、80㎡ぐらいはありそうな部屋いっぱいに詰め込まれた展示品の大半が、たった1人の万博マニアの収集品だということです。
藤井秀雄さん。藤井さんは1970年代の十代の頃、解体されかかっていた太陽の塔を保存してくださいとお手紙を書いて、存続へのきっかけを作った方として有名ですが、70年万博終了直後から始めたコレクションは半世紀の間にどんどんふくらみ、「これは一部。ほとんどまだ家で眠っている」とのことです。
まさに「いちず」な万博愛が太陽の塔さえ救ったエピソード。万博は今でこそ再評価され、(とくに大阪では)愛され、更新され続けている「共通の記憶」ですが、今までずっとそうだったわけではありません。公園が整備されるまでは「祭りのあと」感が強かった時期もあり、太陽の塔も寂しそうにしていた時期も長かった。ネットの時代になり、海外での万博が大赤字を出して、「もう万博の時代ではない」という論調もありました。
…私がニュータウンにかかわって思うことは、仕事でかかわった人には「任期」があり、ある時期は深く入り込んで骨格を作るけれど、任期が終わると、多くは去っていく。期限がない仕事というものはないからです。いくら粘っても、企業や行政では「定年」という仕組みがあり、30年以上経てば、関係者は全員入れ替わってしまいます。(自営はこの限りではありませんが、公的な要素が高いプロジェクトほど、この「仕掛けた側の入れ替わり」のメカニズムは強く働きます。)
では誰が一番ずっと、ある対象を追いかけ続けるかというと…ファンです。マニアです。ファンやマニアには「任期」も「定年」もありません。それでも多くのファンは、熱が冷めるとコレクションも捨ててしまったりしますが、その中でもずっと熱が冷めない人がいる。そういう人が、半世紀を過ぎると「一番情報を持っている」ということになってきます。情報を長く持って更新し続けていると、理解も深いということになります。
ファン、マニアと、「研究者」はそういう意味で似ていますが、たとえ論文を書かなくても、ファン、マニアは「別のアプローチ」で社会共通の記憶を担うことになります。
僕は、万博に関してはマニアというより「近隣住民」。半世紀、毎日窓を開けると万博が見えるという環境で、あまりにも身近にありすぎてコレクションしたりはしてないのですが、万博マニアの皆さんの「功績」には、もうひたすら尊敬と感謝!おおいに触発されています。「万博は一過性のイベントではない」ということは、近隣住民にはもう自明すぎることで、長いマニアの方と話が合うところです。
そして「長くつきあっている」という意味では、「ニュータウン」と「住民」の関係も、やはり代えがたいものがあるはずだと、元気をもらった展覧会でした。この展覧会は、12月26日(土)まで!(また何度でも見たいな!)
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