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ニュータウンマニアとしては絶対見落とせない映画『人生フルーツ』をやっと見てきました。日本住宅公団で名古屋の高蔵寺ニュータウン計画にかかわったリーダー、津端修一さんが、林間を風が吹き抜けるような町を夢見ていたのに現実は戸数詰め込みの町になってしまって、自分でニュータウン内の分譲区画を買い込んで(300坪もあるんですが)庭に雑木林を再現し、農園を作って半自給自足のような暮らしを妻・英子さんと貫いた記録。
夫90歳、妻87歳。制作は東海テレビ。「ていねいなコツコツとした暮らし」の四季を、テレビクルーもコツコツとつかず離れず、おいかけていきます。津端さんはある日「昼寝から起きてこなくて」亡くなってしまうのですが、カメラは眠っているような津端さんの安らかな顔も写し出します。ひとりになった英子さんの暮らしも…。英子さんは「むなしくなった」と言いながら、ふたりだった頃の暮らしを、できるだけ続けます。台風が来て庭の木が折れる。迷惑をかけてもいけないからと、英子さんは枝の伐採を依頼する。小鳥が水を飲みに来るようにと庭に置いてあった水盤が割れてしまう。嘆く孫娘に、英子さんは「なんでも寿命があるんだよ。仕方ないよ」とさとす。ある日取材班が行くと、水盤が元の位置に戻っている。「孫が直してくれました」。…そういった、ニュータウンの中の、ある種「別世界」の約2年を追ったドキュメンタリー。
津端さんご夫妻の暮らし方は、もちろんものすごく魅力的だし、テレビは嫌いだったらしい修一さんをくどいて、風のように入り込んで暮らしを描き出した取材班の努力は素晴らしい。映画館上映はロングランを続けています。
とはいえニュータウン人としては、この物語を「ニュータウンでつらぬいた老夫婦のロハスないい暮らし」とまとめてしまうことも、できないんですよね~。「都市計画者であること」と「その町で住民であること」の間には、ずいぶん激しい葛藤があったのではないでしょうか。映画でも語られるように、多くの計画者は、町が出来ると次の計画に移っていきます。それが仕事だからです。しかし津端さんは、計画の変質に責任を感じて?町に残ることに決め、ニュータウン内に自分で土地を買う。ひな壇造成された町の区画を「里山のように戻す」ことは逆説的な反逆で、その一角は砦のようにも見えます。夫妻の暮らしは、相当に頑固。魚介の買物は数十年、名古屋都心の決めた店まで通っているさまが描かれます。高蔵寺ニュータウンという町に深い愛情を持ちながら、その暮らしは、たぶん、一般的なニュータウン住民の暮らしではないのです。ニュータウンは一面「大量供給によって成り立っている町」の典型でもあり、津端さん夫婦の生き方は、逆を行っています。
津端さんは、高蔵寺ニュータウンでは有名な「高森山どんぐり作戦」にも関わっています。過度の伐採や山火事ではげ山になっていたニュータウン内の山に、地元の小学生がどんぐりを植えて緑の森に戻す作戦。今では立派な緑の森と、地元の誇りになっています。地元の校長先生が主導した物語が伝えられていますが、津端さんが仕掛けて、スッと身を引いたという経緯が、映画の中でほのめかされています。
町は計画者によってではなく、暮らしている人間が自分の工夫で育てていかなくてはならない。だから計画者がそこに入って強い発信をしてしまうと、町は住民のものになっていかない。変な感想ですが、「津端さんは自治会には入っていたのだろうか?」というベタな感想を持ってしまいました…。ニュータウンのルーツであるレッチワースでは、開発会社が土地を持ち続けて町の運営に長期間かかわっていますから、その「運営のあり方」にもずいぶんと違いがあります。
もう一つ持ったばかな疑問は、「都市計画家としての津端さんはどこへ行ったのか?」。高蔵寺のあとも賀茂学園都市(東広島ニュータウン)などにはかかわったようですが、ずいぶん若いうちに、執筆や学究など「孤塁を守るような」暮らしに入ってしまわれたのでしょうか?「個々の生活を良くすれば町はしだいに変わっていく」というスタンスは、ずいぶん都市計画の立場からは距離があったのではないでしょうか?
…ともあれ映画のほかにも、個人や夫婦で書かれた本を読むことができます。ニュータウンの戸建で、そんな暮らし方もできるという角度から、津端さんの遺されたものを追いかけてもみたい。これはニュータウンに反逆して、しかし実験的であるという意味では実にニュータウン的な物語。矛盾をはらんだ、だから魅力的でタフな物語です。この映画の上映会を、千里でできないかな?
この投稿は2017年9月10日にfacebookに投稿した文章に加筆したものです。
写真は『人生フルーツ』の自主上映会のサイトからお借りしました。
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