
もう19年も前にこのブログでレポートした「千里ニュータウンの入口を示す標柱」。合計6ヵ所あったことが判明しているうち(こちらのサイトに詳しいです)、3ヵ所が最近まで存在していましたが、このうち、高野台五丁目・千里緑地にあった分(千里ぎんなん通り北側)が昨年中に撤去されたという情報をキャッチし、では桃山台四丁目の分(千里さくら通り北行車線沿い)は?と確認してきました。ありました!こちらは無事。だいぶん年季が入ってきたことは否めませんが。
高野台五丁目の撤去も誤報であってくれと見てきましたが、ありませんでした…。
あとはもう1つ、新千里北町一丁目の新御堂筋南行車線の側道脇、キョウチクトウの藪の中にあるのですが、こちらはまだ現存が再確認できていません。北町のは「このへんにあるはずだ」と目星をつけて徒歩で行っても見落としてしまうほど、周辺が密に繁っています。闇夜でカラスを見つけるほど大変です。
ということは、ここ、桃山台四丁目の分が「まともに見える」最後の1つとなります。
「ここからニュータウンですよ!」(日本最初の)と誇らしげに宣言していたメモリアル、レストアして残してもらえないかと思うのですが…。
消えてしまった高野台五丁目の分のありし日の雄姿を、貼っておきます。(2022年撮影)

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2026年 1月 11日



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ランドスケープの観点から「万博レガシー」を考える特集号。超豪華メンバーにまぜていただき、千里万博の近隣住民として60年にわたり変化を見てきた私の講演録も出ています。

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