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タグ:まちの記憶
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またまた進化する藤白橋
北千里駅から藤白台三丁目に幹線道路をまたいでいる歩道橋「藤白橋」。藤白台住民や阪大生など通る人も多く、このブログでも何度も取り上げてきましたが、橋の東端の階段を付け替える工事が進んでいます。年度内工事だとすると、きょう… -
「強靭化された国土」が得たもの、失ったもの
「東日本」から14年が経ちました。その時私は大阪のオフィス(28階建の16階)にいて、「阪神」の時とは違ってずいぶん長く、しなるように揺れたのを覚えています。「これは大きい」ことはわかりましたが、エレベーターの停止も2… -
過去のことは、過去のこと。(震災30年)
1月後半に体調を崩してしまったのは、15日に大学最後の授業を終えて安堵したうえ17日に(震災当時住んでいて被災した)芦屋と神戸を寒中歩き回った疲れもあったのでしょう。「記念日症候群」と言って、つらいことがあった同じ日付… -
悲しみを祈りと力に変えるアート(神戸ルミナリエ)
1月29日のことになりますが、神戸ルミナリエに行ってきました。よく知られているようにこのイベントは阪神・淡路大震災への鎮魂と再生への祈りを込めて1995年12月に始まり、(コロナ禍下の休止回を含めて)今回で30回目にな… -
performing artsで地域の記憶を記録する(千里考今物語)
千里ニュータウンは「変わっていく町」です。抜群の立地に恵まれ、地域全体が寂れていく心配はおそらくない代わり、人や資本がたえず流れ込み、変わっていくことを止められない。そういう運命なのだと思います。(日本初のニュータウン… -
落せん(苦せんのあと)
年の初めから厄落としということで…。前回ご紹介した千里ニュータウン入居時の「補欠当選」はがきをわが家が手にするまで、こんなプロセスもあったということです。時は1964年。西部劇の一シーンのような未開・未知の造成地であっ… -
すべてはこの1枚から始まった(NT入居から60年)
もはや歴史的資料ということになるのでしょう、1964年、私の父が千里ニュータウンの宅地分譲抽選に応募して、何度目かのトライでようやく「補欠当選」した時の通知はがきです。当時、千里ニュータウンは知る人も少ない「山奥の新興… -
(臨時ニュース)万国博西口駅の駅名標が一時復活
大阪・関西万博開幕まであと半年ちょっと。70年万博の記憶を刻む千里でも気になるところですが、その時の会期中、臨時に設けられて跡形もなく消え去った「万国博西口駅」(阪急千里線)の駅名標レプリカが現地に復活しているというお… -
薄れゆく「パイオニア」の面影
帰宅して家に入ろうとしたら、手ぬぐいを持った知らない男性に呼び止められ「もうすぐ近所で解体工事に入ります」とのご挨拶。前から測量などしていたので「そうかな…」とは思っていましたが、いよいよお別れの時がやってきました。こ… -
東京はやっぱりすごいわ第2弾(多摩市立中央図書館)
これは2023年7月の記録になりますが…ずらりと並んだ本棚20台近く!(本棚は「台」で数えます。)これが全部ニュータウン関係の本。こちらは多摩中央公園に新築された多摩市立中央図書館。その一角の「ニュータウン本」のコーナ…
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