- Home
- 過去の記事一覧
タグ:神戸
-
町は何度でもよみがえる。
神戸の震災から17年。今年の1.17は3.11があってからはじめての1.17ということで、ひときわ重く感じられます。 僕は母方の実家が神戸(東灘・魚崎)で、17年前の震災では全壊しましたし、僕自身、震災のときはちょっと気… -
震災の日にまちを思う
震災16年目の1月17日は、ちょうど西神ニュータウンでニュータウンの会合があったため、少し早く出て三宮・東遊園地の追悼記念の場所に立ち寄ってきました。 1.17の形にろうそくがともされ、毎年報道されるこの場所ですが、僕は… -
その街らしさとは
神戸市は震災後の14年間で、人口の1/3が新しい住民に入れ替わったそうです。 これを多いと見るか少ないと見るか…震災が人口移動を後押しした面はあったにせよ、14年の長さで1/3というのは、大都市であればそんなものではない… -
これが山津波だ。(1938年7月・神戸六甲)
前日の写真と同じ時に撮ったと思われる阪神大水害の記録です。山から土石流が押し寄せた、まさに「山津波」の様子がわかります。岩だらけですね。 私は小さい頃祖母にこのときの話を繰り返し聞かされ、津波には海津波と山津波があって、… -
阪神大水害を知っていますか。(1938年7月・神戸六甲)
1月17日は阪神大震災の記事や報道がたくさんありましたが、阪神大水害はご存じでしょうか。 昭和13年、梅雨時の集中豪雨で六甲山系のいたる河川が決壊し、山津波(土石流)となって阪神間の町を襲った大災害です。母の家族は当時阪… -
町を守る心(1943年3月25日・神戸魚崎)
彩都の連載中ですがきょうは1月17日ですので…。 私の母の実家は神戸魚崎(うおざき)にあり、13年前の阪神大震災で全壊しました。(私自身も芦屋で震度7を体験しました。)叔父・叔母はからくも助かり、春先ごろだったでしょうか… -
コンクリートの街は「ふるさと」になれるか?
写真は神戸東部新都心として海沿いの工場跡地を再開発したHAT神戸です。計画居住人口は3万人とやや小振りですが、一種の「海のニュータウン」と言ってもいいでしょう。王子公園から移転してきた兵庫県立美術館や人と防災未来センター… -
あなたの大好きな街が壊れてしまっても
千里ブログなのに、また神戸ネタですみません…12/8からルミナリエが始まりました。言うまでもなくこの祭典には、震災で亡くなった方への鎮魂と、再生への希望が込められています。「死」と「生」の意味を「闇」と「光」に見るとき、… -
千里ニュータウンに「アーチ型」はあるのか?
きょうの景色は暮れなずむ神戸元町のヒトコマ。クラシックなアーチ型が「神戸!」という感じを高めます。町にはそれぞれの町の個性に合った「カタチ」があるのですね。 先日、土木関係の方々が集まる場にもぐりこんだときに出た話題は「…
最近のコメント