駅前からのメインストリートのつきあたりは北海道教育大学のキャンパス。
…という配置からもわかるように、ここ「あいの里」では大学の存在がニュータウンの設計と不可分になっています。なんと言ってもニュータウンのメインの駅名が「あいの里教育大」ですから…千里で言うなら「北千里」の駅名が「北千里金蘭阪大前」って言ってるようなものです。
駆け足見学だったので、学生が住める住居が、ニュータウンの中にあるのかまでは調べられませんでしたが…
住民の生活と直結するわけではない「大学」という施設は、千里ニュータウンの計画では積極的には位置づけられなかったようです。唯一、計画区域内に立地している千里金蘭は町の外周と言っていい位置ですし、大阪大学の吹田キャンパスも、外側に張り付いているだけです(千里ニュータウンが設計された1960年代は、60年安保と70年安保の間の「動乱期」で、大学を住宅地と直結させることはためらわれたのかもしれません…)。
しかしその後、学園紛争も去り、つくばを筆頭に、後発のニュータウン計画ではしだいに大学とニュータウンを一体に設計する例が見られるようになります。先行したニュータウンでは予期した以上に住民世代が若い核家族に偏ってしまい、ちょうど親子世代の間を埋める形で学生を組み合わせることが世代の多様性を生むこと、住宅だけの町がはたして「町」として活気を保っていけるのか?…という疑問が出されたこともあるのかもしれません。
この北海道教育大学のキャンパスでは、北海道の住宅と同じように、柵も塀もありません。
次回は、札幌市内の民間開発のニュータウンを見てみましょう!
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