ニュータウン同級生の35年後
- 2010/12/5
- ニュータウン内, 千里ニュータウン
- まちの記憶, 団地
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団地好きの若い人たちを千里ニュータウンにご案内して2週間後、その同じ町で同じ中学校に通っていた同級生たちの飲み会がありました。
270人はいた同級生のうち15人ほどの、プライベートな集まり…海外で暮らしているひとりがクリスマスで帰ってきたのです。あれほど町じゅうにいた同級生のうち、今でも元の住所に暮らしているのはたぶん全体の1割もいません。しかも年に一度か二度集まるインターバルのうちにも、まだしだいに減りつつあるようなのです。ニュータウンの中や周辺の別の住所にいる者、親がまだ元の住所に暮らしている者などを入れて、何らかの意味で千里と縁が切れていない比率で全体の3-4割ぐらいでしょうか…
皆同じ50歳か51歳だから、親御さんはうちのように両方欠けてしまった者もあり、要介護だったり、お元気でも「かなりいいトシ」になってきています。親の家で同居することにした…というパターンでニュータウンに帰ってくる同級生もありますが、逆に遠方に引き取ることにした、新しい住所に親世帯と子世帯が引っ越すことにしたというパターンでニュータウンから縁が薄くなっていく同級生のほうが多いような気がします。公社や府営などでは団地建替を機に決断するケースもあります。「がんばってもあと3年でなくなってしまうからな…」
結婚してニュータウンの外や、まして東京などで一度生活を築いてしまうと、いまニュータウンは新築マンションや建替団地がいっぱいあるよ!と言っても、そう簡単に帰ってくるわけにもいきません。それは戸建でも団地でも同じです。やはり「第二世代」をニュータウンにつなぎとめようと思ったら、自由度が高い若い時に、ニュータウンに「住める家」と魅力があることがポイントです。僕らのタイミングではそれはなかったのです。
ある同級生は「断腸の思い」と言って思い出がつまった古い家を売り、またある同級生は「昔暮らした団地の近くを通るだけで胸が痛くなる」と言いました。千里と似たような団地を別の町で見るだけで胸がうずくのだそうです。
1割もいない「残存組」(ほんとは僕もカムバック組だけれど)としては、若い新しい人でも同級生のカムバックでもいいから千里に暮らす人が増えてほしい…。その気持ちが後押しするのでこのブログも続けられるのだと思います。
ある同級生にとって胸がうずく、昔暮らした団地が、いまは若いマニアから趣味的に垂涎の対象になっているというのは…どこかにニュータウンの神様がいて、引力の糸を操っているのでしょうか?
コメント
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コメント (2)
まったく個人的なことですが、12月10日は数十年?前に北千里から引っ越した日でした。(二つ隣の市ですが…)
このブログを読んでいたら思い出しました。
幼い頃に住んでいた私がここにコメントしているもきっと引力の糸があるからでしょうね。
このブログを読んだ誰かが、ひとりでもニュータウンに帰ってこないかあと思っているのです。いつも見送ってるのもさびしいですから…。遠くに行った「元ニュータウン住民」の方もけっこう読んでくださっているようで、コメントいただくとハゲミになります。そのわりに僕が今年は千里以外ばっかり行ってますが…。いろんな人が行ったり来たりしてると町に元気が出てくるように思えるんですよね。