どこまでが「千里」なのだろう?

日本のニュータウンで一番成功したと言われている千里の「成功の理由」は、「千里(せんり)」という名前の良さも大きかったのではないでしょうか。はるかなスケール感があって、「ちさと」と読めば温かみもある…これがたとえば「北大阪ニュータウン」ではパッとしなかっただろうことは、自明です。万博だって「千里」だから人が来たんじゃないかな?
…ところが「千里」という名前は行政区画ではない広域地名なので、どこからどこまでが「千里」か?…となるとハッキリしません。やはり広域の丘陵名である「多摩」と似ていますが、「多摩」は「狭義は多摩市、広義は三多摩」という一応明快な線があります。土地のイメージがあるのに定義がハッキリしない…という意味ではむしろ「湘南」や「阪神間」と近いかもしれません。「湘南」は「湘南ナンバー」をつくる時に、はじめてどこからどこまでが「湘南」なのか?論議を巻き起こしました。
「千里」がつく地名は、地理的には「千里丘陵が千里」と言えるのですが、個別に見ていくと、東は摂津市の「千里丘」から西は豊中市の「千里川」「千里園」までおよびます。「千里丘」という地名は摂津市と吹田市の両方にありますが、摂津市域は丘陵地帯ではありません。
たんに「千里」と言ったら千里ニュータウンと万博周辺…ぐらいにニュータウンの人間は思っていますが、「千里」「千里丘陵」「千里山」「千里丘」が全部指し示す範囲が違う…ということは、外来の人にはまったくわからないでしょう。
さらに「グレーター千里」という言葉があります。これは「千里」をニュータウンだけじゃなく、より広域の都市圏と見た場合の言い方で、1970年代後半ぐらいから言われ始めた言い方ですが…これを言い出したのは梅棹忠夫さんだったのか、マスコミや阪急関係だったのか…そのあたりだとは思いますが判然とはしません。
僕がなんとなく思うのは、「千里中央から路線バスが出てる範囲」=千里中央にバス一本で来られる範囲が「千里」なんじゃないか?(高速バスは除く!東京ディズニーリゾートはいくらなんでも千里じゃありません)…すると西は池田市、北は豊能町、東は茨木市の一部まで足をかけていて、南は千里丘陵が終わるまで(だいたい名神高速のライン)。そのへんが「文化圏」として見たときの「千里」ではないか?(写真は千里中央のバス乗り場)
いや…もっと単純な定義があった!「太陽の塔の見える範囲が千里」。これでどうだ!

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コメント

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  • コメント (2)

    • みけねこ
    • 2011年 7月 12日

    え~~~~
    私は竹見台に住んでましたが、太陽の塔は見えませんでした・・。なので、反対、です{%泣くwebry%}

    • 奥居武
    • 2011年 7月 12日

    ほかにもそういうご意見いただいたのですが、その地点でなくても、その一帯から見えたらOKということかなと。竹見台はもちろん千里ですよ!

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