もう1回だけ、高野台。商店や郵便局、市民ホールなどが集まっている「近隣センター」。「高野台B1近隣商店街」とサインにありますが…なぜ「B1」?しかも「1」は少し小さいですね。

これはまず、ニュータウン開発時に町名が決まる前、各住区には開発予定順にABCD….KLとアルファベットで「A住区」「B住区」と仮称が振られ、高野台は2番目に開発予定ということで「B住区」だったからです。

では最初の佐竹台は「A住区」だったかというと実は「C住区」で、「A住区」は3番目に開発された津雲台でした。買収の進行などで、予定と、実際の開発順には「ずれ」があったからです。

では「1」は何かというと、当初の予定では、近隣センターは住区ごとにメインとサブ、2つ造られる予定で、ここはメインだから「B1」となります。しかしこれも、実際にサブセンターが造られたのは高野台だけでした。大人の徒歩圏と子供の徒歩圏は距離が異なり、大人の徒歩圏を「住区」、子供の徒歩圏を「分区」として分区単位でも商業施設(サブセンター)を置く予定でしたが、そこまでやると成り立たなさそうだということから、この設計は用地だけ取って中断されました。

高野台だけはサブセンター(B2)もオープンし、今もありますが、そのサブセンターに対してこちらはメインの近隣センター(B1)というわけです。

57年前の都市計画の名残りが今も名前とサインに残っている、貴重な例だと言えるでしょう。

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コメント

    • 吉田純威
    • 2020年 11月 06日

    佐竹台にもサブの商店街の建物はありました。高野台のサブよりも小規模でしたが、建物完成し店舗入居待ち。しかしながら応募者が無かったようで、新築建物は1〜2年(あるいは数年)して取り壊し更地に。昭和40年~43年頃と記憶しています。

      • 奥居武
      • 2020年 11月 07日

      佐竹台の情報ありがとうございます。今は戸建住宅になっていますね。かなり歳月がたってから分譲されたようで、その一角だけ家並みが新しいのがわかります。高野台のサブと佐竹台のサブも近すぎたのだと思いますが、(開発順から言えばあとから造ったであろう)高野台のサブのほうはオープンできたのはなぜかなと思っています。

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