(前回からのつづき)はるか北大阪のニュータウンにある藤白台から参上した身としては、歴史の磁場を強く感じる場に来ると、ひたすら畏れ多く、「ハハーッ」という気分になってしまいます。「藤白皇太神社」と刻んでありますね。ホームページには「景行天皇五年の鎮座に始まる」と書いてあります。神話の世界で西暦換算はできません…。景行天皇は143歳まで生きたことになっていますが「4世紀ごろではないか…??」という世界です。藤白神社も古くて立派ですが、大変よく手入れされています。
現代においては「世界遺産の熊野を訪ねる」山歩きの拠点となっているようですね。(ちゃらこい飲食店などは、ありません!)こちらは「藤白王子権現本堂」。ありがたい平安時代の仏様も拝めます。(海南まで行って、なぜか本殿の写真を撮っていません…「藤白」という文字が明示されている所だけを撮ったようです。)大阪は千里ニュータウンを生んだ山田村は、ニュータウン住民はつい「旧村」などと言ってしまいますが、平安以降の開拓で、「小字藤白(とうじろ)」はいつ頃からあったんだろう…?どうもこちら海南の藤白のほうが、ずいぶん古そうに思えてくるのでした。(2017年7月取材。つづく)
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2021年 5月 25日
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