那覇の「新都心」は米軍住宅跡地

帰りに那覇で接続の時間があまったので「ニュータウン」ぽい場所を探検してきました。
ここは「那覇新都心」と言われる新しい町。広い道路が計画的に敷かれ、かなりの面積があります。那覇はモノレール以外の鉄道がなく、クルマ移動に依存しているわりに道がごちゃごちゃしていて渋滞がひどいのですが、ここだけは別世界。「ニュータウン」と言うよりは大阪ならOBP、東京なら汐留といった「都心再開発」地域ですが、大きなショッピングモール、マンション、学校、オフィスビル、まもなく移転してくる沖縄県立博物館!もあって職住近接というんでしょうか、いろいろパッケージされています。
この広大な敷地、20年ほど前までは丘の上の米軍住宅地でした。念願かなってようやく返還され、20年をかけて新しい町に変身したわけですが…
これは内地からの観光客の勝手な感想なのですが、どうも「沖縄らしくない」のです。一言で言えば「どこの街にもあるような…」。写真中央の丸い給水塔は米軍住宅時代からあって唯一名残をとどめていますが、沖縄が本来持っている混沌もなければ、その後のアメリカ住宅らしい緑をたっぷり取ったのびやかな土地の使い方も消えてしまったと言うか…お店の看板は全国どこでも見られる名前ばかりが並び、なんだかすごくモッタイナイ改造をしてしまったような…。沖縄はどこも激戦地であり、多くの犠牲を出した数十年後にようやく誰もが来られる場所になったのがこの新都心のはずなのですが…。
…とここまで書いて、わが千里ニュータウンも、遠来の人にはさぞ「大阪らしくない」と思われてきただろうなあと。ショッピングセンターに入っている飲食店は外資系コーヒーショップにドーナツ店に…北千里にあるのと同じチェーンなんですよね。ショッピングをしていたのは「オバア」でも「ネーネー」でもなく、千里中央やかやの中央あたりにいそうなコザッパリとした若奥様で、町が土俗性を失えば人もまたしかり…でもそれが今の沖縄のリアリティなんだろうなあと感じたのでした。米軍の土地だったころのほうが沖縄らしいと感じる…というのは、なんと皮肉なことでしょうか。町としてまだ若過ぎて、これから先の変化も見なくてはなりませんが…
沖縄県内にはまだまだ米軍から還って来ていない土地がたくさんありますが、これらが還ってきたときに、どういうまちづくりをするのか?は、実に重い、しかし大事な宿題だと感じました。

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