3.11から3年7ヵ月(いわきニュータウン)

ニュータウンはしばしば、震災などが起きた場合の仮設住宅の建設場所に使われます。阪神淡路のときは西神、須磨、三田、芦屋浜や千里にも、中越地震の時は長岡ニュータウンの中に仮設住宅が造られました。そして3.11では写真のいわきニュータウンにも…。

道路、水道などのインフラが出来ていて、公園や未利用のまとまった土地があり、短期間に大量の仮設住宅を急遽建てなくてはならなくなったとき、ニュータウンには「便利な」条件が揃っているということでしょう。とくに阪神淡路の際、仮設住宅をあちこちの小さな空地に分散して建てたことが被災者間のコミュニティを分断して孤立を招いたという反省から、今はより「まとまった」空地が求められる傾向にあると言えます。「売れていない」ニュータウンの空地や公園は、そういうニーズを埋めるのにぴったりなのです。

いわきニュータウンでは放射能災害で帰れなくなった地域の人たちが、自治体ごとにまとまってたくさん暮らしておられます。道の右側は楢葉町、左側は広野町…ニュースで聞いた地名が案内板につぎつぎ現れます。避難している子供だけのための仮設の学校もあります。まるで一つの土地に2種類のコミュニティが重ね書きされているかのようです。

この光景は「阪神」の反省あればこそ、こうなっているので、そこには20年分の進歩があるのだとも言えます。しかし…3.11からすでに3年半を超え、ここにあるのはあくまでも「仮設」の暮らしで、「まとまって暮らす」ことを最優先にしているため、建物は詰まった状態で建てられています。仮設住宅は長く使うことを前提にしていませんから、すでに老朽化が現れているようです。しかし普通の震災(という言い方も変ですが…)と違って、放射能災害はいつになったら皆が元の場所に戻れるのか、先は見えません。

住民と関係者の甚大な努力と忍耐をもってしても、状況はあまりにも大きいのです。この暮らしを置いたまま東京五輪をやって景気を浮揚させる?日本の技術やいろんなことは最先端のはずなのに、その実態がこれというのも、僕には納得がいきません。

この投稿は2014年10月11日にfacebookに投稿した文章に加筆したものです。

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