ベッドタウンと呼ばれて

千里をはじめ日本の多くのニュータウンは、住民の職場を近隣の大都市に依存する「ベッドタウン」として計画されました。
いわゆるサラリーマンにとっては「帰って寝るだけ」の町、昼間は主婦と子供しかいない町…ということです。このベッドタウンという言葉は千里ニュータウンが着工された1960年の新聞記事に、早くも「千里丘ベッドタウン」として出てきます。で、実際にそのようになりました。
「企業戦士のねぐら」などと格好をつけて40年…企業戦士は定年を迎え、「濡れ落ち葉族」に変身して町に帰ってきました。…どうする?…でもこれは逆に言うと、「町の昼間人口が増える」ということなのです。ひょっとしたらチャンスなのかもしれませんね。
日本中でいま、「団塊定年」が「2007年問題」として問題視されていますが、第一世代のボリュームゾーンが団塊より10年ほど早く定年に達して町に帰ってきた千里ニュータウンでは、実際に男性のシニアが、いろいろなグループを作って活動を始めています。ねぐらになる町は、いい町なんじゃないかな?

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コメント

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  • コメント (5)

    • akakage
    • 2006年 12月 23日

    私の職場のある岐阜県高山市は、観光に力を入れ、世界遺産への申請もはじめようとしている地方都市です。郊外の住宅地は拡大しているのですが、内側(旧市街地)と周辺地域はやせ細ってきているのが現状でしょうか。急激な若年層の減少は将来への不安を感じさせますが、伝統的な行事や祭を通して地域の活気をなんとか保っているように感じます。

    • 森野みなみ
    • 2006年 12月 23日

    ちょうど昨日の朝、千里中央から地下鉄に乗ろうとして、超高層ビルが建つ敷地の一部が目に入りました。市内から古江台の自宅までひどいときは1週間通しでタクシー帰宅することが続いたので、「地下鉄を上がったら家か…便利やろなぁ。それに経済的やし…」とふと想像し、「いや~、それって寝に帰るだけやで。それはいやや」。やっぱりせっかく千里に住んで、それではあまりに味気ない、もったいない。やっぱりディープな千里がいいわ、とあらためて自覚したところでした。/ただ物足りないのは、路地とかに大人が過ごせるバーとか、カフェがないこと。特に、もしも私に時間とお金があったら、お年寄りがゆっくり過ごせる日があたって庭のあるカフェを作りたいです。(そんなセンスも才覚もなく、妄想ですが、でもそんな場が必要だと、道行くお年寄りの多いことに千里オールドタウンを実感するたびに感じてきました)/唯一、北千里の古江側に囲碁か将棋かのクラブ(?)のような場がありますよね。“町”という温もりが感じられる希少な場だと思っています。ムダとか役に立っていない空間がうまいこと混じっていてこそ、“町”になれると思っています。

    • 奥居武
    • 2006年 12月 23日

    ●>akakageさん。郊外への都市拡大はいわば「人口増加時代」の産物で、「人口減少時代」には、それを内側へ畳み直していく「コンパクト・シティ」の発想も必要なんでしょうね。青森市では「雪かきが行き届かない」というのっぴきならない理由で人口の中心部回帰を進めているとか…。(郊外育ちのふるさと意識はどうなる?)高山には魅力的な「コンテンツ」がたくさんあるはずなので、伝統文化を中心にした土地の人の「絆」と、外来者が持ち込むエネルギーを上手く合わせていければいいのですが…。
    ●>森野みなみさん。千里NTは利便性と環境がわりと高いレベルで両立しているのが強みですが、洒落たお店やちょっとした溜まり場は(皆無とも言わないけれど)たしかに少ない…。僕にも時間とお金があったら、そんな場所を作りたいなぁ。…って皆で言ってても仕方ないですねえ…そういう声はすごくよく聞くような気がしますが…。(サンタさん、このブログ見てる?)このテーマはあらためて記事にしたいです。大変な時代こそ、知恵を出さなくては!

    • pigmon
    • 2006年 12月 24日

    藤白台に隣接した新興住宅地に住んでいます。ここは、千里ニュータウンの境界からほんの数百メートル離れているだけなのに、NTの高齢化が信じられないぐらい若い家族ばかり。。。まちができたときに公立の幼稚園が新設され、小児科医院はいつも混んでいます。ドーナツ化がさらにすすんでバウムクーヘン状になっているような感じです。
    現在はたいへん活気がありますが、しかし、ここもいずれ千里ニュータウンの歩む後を追っていくのでしょう。NTとちがってここは民間の賃貸が多いですし、ワンルームも多いので人の循環が早く、高齢化とはまた別の問題を抱えるようになるのかもしれませんが、しかしどちらにせよ、年齢層に偏りのあるベッドタウンであることには変わりありません。
    生業と環境は密接な関係にあります。「職」のあり方が変わっていないからしょうがないのかも。私たちがどういう人生を歩みたいのか、そのあたりが変わっていかないと、まちの構造は変わらないのかもしれませんねぇ・・・

    • 奥居武
    • 2006年 12月 24日

    関西でも首都圏でも、私鉄=いわゆる「郊外電車」の輸送量は1990年頃をピークに驚くほど減っています。関西では最盛期の7割ぐらいまで…。これは景気の冷え込みだけじゃなくて、在宅勤務の浸透とか「働き方」が変わってきてるんじゃないか?という分析も…。変化って、いつの間にか進んでるんですよね。ちなみに以前藤白台の近隣センターにあった書店と同名の書店+文房具店がいまpigmonさんの町にありますが、顧客を追っかけて場所替えしたのかな?

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