山から見おろせば(芦屋浜シーサイドタウン)

この町は、六甲山から見おろすことを一番に考えて造ったのかもしれません。芦屋川をさかのぼって六甲山系にのぼり、海をふりかえると…谷筋のV字の向こうに、シーサイドタウンはシンボリックに浮かび上がるのです。背景は海。
この写真は1993年に撮ったもので、南芦屋浜は陸地としては見えていますが、まだ何もありません。阪神高速の湾岸線は橋桁としてはできていますが、開通はこの1年後…震災の1年前になる1994年でした。同じときに撮った写真がこちらにもあります。
震災前に9万人近くいた芦屋市の人口のうち、400名あまりの方が震災で亡くなりました。全人口の0.5%近くになります。市内の建物の90%以上が損壊し、市の人口は避難による転出などで1万人以上も減り、回復するのに8年もかかりました。
芦屋浜は埋立地ですから液状化現象が起こり、マンホールの部分だけが飛び出したように浮き上がりました。建物が新しかったため旧市街地のようにぺしゃんこになった建物はありませんでしたが、倒れた家具で亡くなった方もありましたし、建物全体の地盤が傾いた例もありました。超高層住宅では鉄骨が破断した棟もありましたが、これはのちに修復されました。市内の空き地には仮設住宅が立ち並びました。開通してわずか1年の湾岸高速も、西宮浜で橋が落ちました。
震災2年前の、この平和そのものの写真を見ていると、運命はわからないという思いが胸に迫ります。

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