人口から見る藤白台(歴史編)

お正月なのにリクツっぽいついでに…。こちら出典は吹田市千里再生室が2006/2にまとめた「千里ニュータウン再生ビジョン推進事業2-住区再生プラン-報告書」。1970年から2005年まで、5年きざみの藤白台の人口変遷がコンパクトにわかります。こちらの2009年の最新数字とも比べると(集計方法が全く同一か確認できていませんが…)、藤白台で何が起きたのか、時系列で追えるというわけです。
※このデータは千里ニュータウン再生を目的にまとめたものですから、ニュータウン外の上山田と千里万博公園13番は入っていないことに注意。
※五丁目の人口が1985(S60)年で730人もいますが、これは??国循の職員住宅と長期入院患者を考えても少し多すぎるようですが…。

●人口
◎今までの最盛期は1975(S50)年の10,721人。
2009年の最新データは上山田等を入れて10,832人ですから地区全体ではキープですが、2009年の藤白台一~五丁目では…7,737人。つまり最盛期の72%しか人口がありません。「藤白台の中の減少分を上山田が補っている」構図がわかります。
◎2005年の8,735人(藤白台一~五丁目)に比べて4年で約1,000人も減っているのは、公社建替等による転出が大きく影響していると思われますが、それにしても気になります。
◎丁目別に見ると、三丁目の激減が顕著です。1970(S45)年には5,039人もいたのが2009年は2,229人。つまり4割に減っています。建替のための移転が始まる前の2005年(2,995人)で比べても、最盛期の6割に減っていた…団地の活性化は、待ったなしの状況であると言えるでしょう。
◎ほぼ戸建の四丁目も、最盛期=1975(S50)年の1,183人→2009年は937人と、79%になっています。敷地分割を許容してもこの状況で、もしそれを禁止してしまったら、どんなことになるでしょうか。
◎一丁目は府営住宅と、社宅→マンション群が傾向を相殺しあって増えたり減ったりを繰り返しています。
◎二丁目は最盛期=1975(S50)年の1,150人→2000(H12)年は857人と75%まで落ち込みましたが、「ゆらら」の上のマンションが建って2005(H17)年は1,116人まで回復。2009年も1,137人とキープしているのは若い家族がマンションに入った効果でしょう。

●65歳以上高齢化率
2009年のデータを藤白台一~五丁目に限定すると…29%。千里ニュータウン全体の30%に、実は、ほぼ近い。
◎過去の数字を見て驚愕するのは、1970(S45)年にはこれがわずか2.7%だったこと。平成に入ってから、毎年1ポイントずつ、鎌首をもたげるように急上昇していることです。
◎丁目別では、集合住宅主体の一、三丁目よりは、戸建主体のニ、四丁目のほうが高齢化していますが、2000(H12)年以降の三丁目の持ち上がり方は、毎年2ポイントずつと、激烈というほかありません。ほぼ戸建の四丁目では、この10年近く高齢化率は35%近くでほぼ進行が止まりつつあります。(※後期高齢化率はデータがありませんが、さらに進行しているでしょう。)

●世帯数
◎全体で見ると、世帯数は1980(S55)年以降微増です。人口は減っているのに世帯数は微増。つまり世帯あたりの人数が減っているのです。言い方を替えると、空き家が増えているわけでなくても人口は減っていくのです。また、「同じ人口を保つためには戸数を増やすしかない」という言い方も成立します。
◎三丁目がこの4年間で250世帯減っているのは建替が始まったことによる過渡的な現象といえるでしょう。
…いかがでしょうか。この高齢化率の進行を見て、私は「藤白台、とんでもないことになってるじゃん!」とすごい危機感を持ったわけです。しかし町の雰囲気がそこまで落ち込んでいず、小学校の児童数や市民体育祭、自治会活動も活気を保っているのは、上山田と一丁目のマンション群効果にほかなりません。
世帯あたりの人数減少は日本全体で起きていることですが、これは成人した第二世代が親の世帯を出て行く、ということが、一番強く効いているでしょう。「核家族文化」です。するとどうなるか。たとえば、65歳、60歳、30歳、25歳の4人家族がいると、平均年齢は45歳。これが30歳の長子が抜けるだけで、平均年齢は一挙に5歳上がります。そうやって、人一人が老いるよりも速いスピードで、急激に町の高齢化が進むわけです。
藤白台一~五丁目のこのような傾向は、千里ニュータウン全体を代表するものですが、藤白台の特徴は、集合住宅主体の一、三丁目と、戸建主体の二、四丁目…丁目単位で集合住宅と戸建がほぼまとまっているので、統計的な傾向を読みやすいということがあります。(他の町では同じ丁目の中に集合住宅と戸建がコンビになっているケースが多く、ここまで明快に集合住宅/戸建別の傾向が出ません。丁目単位で集合住宅/戸建がまとまっているのは、あと桃山台だけです。)
数字を慎重に読めば、藤白台がとるべき道は見えてくるのではないでしょうか。これは身近で現実に起きていることなのです。

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コメント

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  • コメント (2)

    • なおき
    • 2010年 1月 23日

    メッセージもさせて頂いた なおきです。
    記事の途中にも書かれているように藤白台5丁目には、民家はあったでしょうか?(笑)確か公園には、住所はおけないと思いますので、ほとんどが循環器センター関係者でしょうね。がしかし,奥居武さんがおっしゃる国循センター職員の宿舎は、地図上では青山台になっています。謎です(笑)ピーク時に730人も住所を置いていたのには、ほんとびっくりです。貴重な資料ありがとうございました。

    • 奥居武
    • 2010年 1月 24日

    藤白台五丁目には小さなマンションが1軒だけあります。
    http://senri-g1964.at.webry.info/200702/article_6.html
    国循センター職員の宿舎は青山台の北端にあったほか(すでに撤去)、国循の敷地内にもあり、これは藤白台です。しかしいずれにしても730人の説明としては不十分な気がします。

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