遠くの町の仲間たち…あすみが丘(千葉)

この町は「チバリーヒルズ」という呼び方でご紹介したほうが、思いあたる方も多いかもしれません。バブルに咲いた日本の邸宅街の頂点。千葉なのにビバリーヒルズ。ビバリーヒルズなのに千葉!それも千葉の東京寄りのほうじゃなく、もうほとんど外房一歩手前の立地に忽然と出現したのが、東急が手がけた「あすみが丘」です。元の地名は「大椎(おおじ)町」「小食土(やさしど)町」という素朴な名前だったんですが、今は千葉市緑区あすみが丘。東京へは約50kmだから、湘南で言うと茅ヶ崎ぐらいの距離。
…あれから20年。迷走を続ける日本経済の中で、どうなったのやら?と思って行ってきました。いやーすごいですね。手入れはちゃんとされてます。荒れた様子はありません。まったくヒトケや生活臭を感じませんが、豪邸街っていうのはそういうものでしょう。一区画は1,000坪まで、いちばん高かった時期で15億円までとなっております(歩道脇の広ーい芝生のベルトから私有地です)。
…有名になったこの大富豪向け区画の正式名は「ワンハンドレッドヒルズ」というのですが、あすみが丘にはこのほかに中富豪向けの区画、庶民向けのマンションもございます。町全体の基盤をバブル期に造っているので、庶民向けマンションも地下駐車場になっていたり、歩道も広くてすごく立派な町並みです。バブルは都心の昔からの町並みや、いろんなものを壊したけれど、バブルだから出来た町もある…。千里ニュータウン建設から30年で、日本経済はそこまで行きました。
ふと気づくと、「チバリーヒルズ」ってからかうけれど、千葉の地価だからバブル期でもこれだけゆったりとした町並みが出来たんじゃないか?これが都心や世田谷あたりだったら、バブル期にどんなに空想的な値段になっていたかわかりません。
それにしてもこれだけの不動産を維持できる人は仕事でもさぞやり手だろうと思うのですが、どうやって50km先まで通ってきたのでしょうか?…それとも…このクラスになると出勤なんてしなくても電話一本メール一通で億のカネが動かせるのでしょうか?
実はこの「あすみが丘」には思い出があって、バブル期に家を探していた会社の先輩に「ニュータウンは最初不便でもそのうちすごく整備されますから!」とかニュータウン育ちの説得力たっぷりに推奨して(庶民向けの戸建を)買わせてしまったことがあり、ですからぜひとも上手く行ってもらわないと僕としても落ち着かず…バブルから20年、なんとか元気そうにやっているのを見届けて安堵したしだいです。

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