いまない社会を想像する。
- 2011/6/27
- 災害体験
- まちづくり, 震災
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急に暑くなりましたね。関西でも「15%節電」の要請が出されて、いやその数字の根拠はどうなんだとか議論されていますが、いずれにしても「電力事情は東日本と区切られている」とも言えなくなってきました。こう急に暑くなると、節電と言ってもクーラーを切れるのか…具体的なイメージがわきません。
震災でいろいろな「社会の前提」「あり方」に疑問符がつけられています。
被災地復興で造られる「新しい村」はニュータウンのようなものになるのか…?と、僕がニュータウンのこと調べてると言ったら聞かれることがあります。考えてみたのですが…高台に移転したり、いくつかの集落がまとめられることはあったにしても、基本的に東北の人たちは、やはり「地縁」を大切にしている。そこは「完全なよせあつめ」から出発しているニュータウンとは、大きく違うところでしょう。「復興新村」は、建物は新しくなってもコミュニティとしては「前の村」を引き継ぐだろうし(そうあるべきだし)、一方、「ニュータウン」は引き継ぐべき「前の村」がないところからスタートして、いまや物理的な建物は古くなりつつある…
そう考えると、「新しい町」と言っても「復興新村」と「ニュータウン」の性格は真逆であるような気さえします。
むしろ、「震災後の世界」で「ニュータウン的」だと思うことは、エネルギーと社会のあり方です。これまで私たちは、無意識に、「原子力を安全に管理して使う」ことを前提に社会を進展させてきた。「地球温暖化防止」は京都議定書以来「子供でも知ってるキーワード」になり、その観点からも原子力には期待が寄せられてきました。ところがそこに、大きな疑問符がついてしまったわけです。現状では、それは十分にできていなかった。
そこであらためて「a.やはり原子力を安全に管理して使う」のか、「b.自然エネルギーの開発をさらに進める」のか、それは簡単な二者択一ではないけれど、大きな選択肢があらわれました。a.もb.も、いまは実現していない社会を想像して、未来設計をしようとしている点では、同じです。どちらがより「たしか」なのか、僕にはわかりません。この「いまない社会を想像して設計を試みる」ということが、ニュータウン的だと思うのです。その答えは、簡単には出ない。50年ぐらいたって、やっと「こうなってきたか」ということがわかってくる…それぐらいの時間の長さです。軌道修正にも、同じように時間がかかります。
未来は本当にわからない。しかし進まなくてはならない時がある。ニュータウンが残した「未来洞察」の巧拙について、あとからいろいろ言うことはたやすいのですが、「その時点のベストをつくす」ことしか私たちにはできない。それをどこまで本当につくしたのか?ということが、たとえば50年後に出てくるのです。
しかしほんとにクーラーやめられないのは、困ったものです。
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コメント (2)
奥居武nの意見に異議あり。ニュータウンは、オールドタウンの脇につくられた未来の町。劣悪な現状を変えるための知恵と技術だったとおもいます。現世利益からはなれた、場所を作ることで開けるもの、そーいうノウ・ハウを培ってきたのだから、(説明するとながくなるのでやめますが、酔っ払っているし)、あたらしい切り口を変えてみてはいかがでしょう。
うう~ん、どこに意見の違いがあるのかがよくわかりません…ただニュータウンは現世利益から離れて造られた桃源郷ではなく、ものすごい巨大プロジェクトですから現実に立脚して「現実的理想」を追求したのだと思うんですけど。こえはコメント欄でかたがつく問題ではなさそうですね。