なぜ「ピアノ池」なのか?

●「アラウンド・藤白台」は「Newtown Native」(https://newtown-nt.com/)に移転しました。
●この投稿の移転先は、https://newtown-nt.com/2007/02/18/3432/ です。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (6)

    • とみやん
    • 2015年 3月 17日

    あの池は、自分が中学生の頃はメゾネットって読んでました。現在バスプロの今江プロもここで中学生の頃雷魚釣ってました。

    • 奥居武
    • 2015年 3月 20日

    メゾネットは北側にあった分譲棟の名前そのものですね。いずれにしてもハッキリした名前はなかったということでしょうか。(何年ぐらい前の話でしょうか…?)雷魚はけっこう大きくなるようですが、今でもいるのかなあ。もうすぐ西側に歩道が完成します。

    • tcp1pp
    • 2015年 3月 21日

    ピアノ池にはザリガニがたくさんいて、よく釣れました。ピアノ池から藤白公園に向いて大きな斜面があって、そこに穴を掘って基地にしていました。雷魚は隣の川に住んでいて、ピアノ池にはいなかったと思います。ただし、雷魚を釣る定位置がピアノ池のすぐ横あたりだったと思います。

    • 奥居武
    • 2015年 3月 24日

    tcp1ppさん、詳しいですね~。アメリカザリガニは今でもいますよ。ピアノ池を囲む斜面には、おじさんが穴を掘って住んでいたという話もありました。

    • tcp1pp
    • 2015年 3月 26日

    70年代を藤白台で過ごした私にとって、藤白台は隅から隅まで最高の遊び場所であり、学びの場所でもありましたから、今でも鮮明に覚えているのですよ。唯一の心残りは、5年生の終わりで転校してしまい、藤白台小学校の卒業生でないことです。ピアノ池は私の自宅の池みたいなもんです(笑)

    • 奥居武
    • 2015年 3月 26日

    ピアノ池の横の歩道が、ついに完成しました!車道の脇からすぐノリ面になっているので、やや狭くなっていて苦しい感じもしますが…。これで北千里駅前交差点から藤白台一丁目交差点まで、市道ぞいの歩道が全部つながりました。

好評発売中!

幕末から大阪・関西万博まで。日本と博覧会の関わり・ウラオモテが多面的にわかる!貴重な図版多数。1970年当時の万博少年として、私の証言も採録されています。こちらから購入できます。

好評発売中!

ランドスケープの観点から「万博レガシー」を考える特集号。超豪華メンバーにまぜていただき、千里万博の近隣住民として60年にわたり変化を見てきた私の講演録も出ています。こちらから購入できます。

好評配布中!〔無料〕

千里ニュータウンの全域がわかる「千里ニュータウンマップ2018」の制作をお手伝いしました。このマップは南千里駅前の「吹田市立千里ニュータウン情報館」で配布しています。

好評発売中!

吹田市立博物館とパルテノン多摩の2018年共同企画「ニュータウン誕生」の展示・図録制作をお手伝いしました。図録購入(吹田版)はこちら。多摩版はこちら。(内容は同じです)

アーカイブ

ページ上部へ戻る