千里ニュータウンの「理想人口」は?-5

前回からつづく)
都心にも近く(千里中央から本町まで直線14km)新大阪も大阪空港も13分で行け、緑はふんだんにあって環境抜群…「日本で一番成功したニュータウン計画」と言われる千里ニュータウンに「弱み」などあるのでしょうか?
…あるんです。弱みは強みの裏返し。あまりの好立地に「土地が高くなりすぎてしまったこと」です。高度成長期、人口の増加と都市集中によって日本の都市部の土地は千里でなくても高くなりましたが、千里はそれに加えてインフラが整備され万博で一挙に有名になり、「無名の新人」から「あこがれの千里ブランド」にまで躍り出ることになりました。つまり「二重の高騰」があったわけです。
どれぐらい高くなったのでしょうか?(経済の専門家ではないので素人計算ですが…)個人的に当時の関係者に伺った話では「坪500円で買収した土地が、最終的には3万円で売れた」という数字を聞いたことがあります。1979年に制作されたNHK「新日本紀行」の『最初のニュータウン~大阪・千里』の中には、その時点で「坪およそ80万円、最初に買った人の約40倍」というナレーションが出てきます。つまり元は坪2万円だった計算になりますね(1964年当時の戸建分譲資料によれば、100坪あまりでプレハブの上物つき400万円台という数字が出ています)。これを時系列に並べると…
1960年前後の買収時…坪500円
1970年までの分譲価格…坪2~3万円(この間にもどんどん上がった)
1979年当時…坪80万円
最初の20年でなんと1600倍!「坪500円で買収した土地が、最終的には3万円で売れた」60倍分の落差に関しては大阪府に入った分で、大阪府は最初に借金をして造成やインフラ整備に巨額のおカネを使っていますから、この落差がまるまる儲けに回ったわけではありませんが、それでも府は「千里では儲けた」と言われています。
しかもまだ続きがあります。
1990年前後のバブル期、千里の戸建はだいたい「1区画100坪で3億円」まで上がったと言われていました。つまり坪300万円!これがはじけてその後「1区画100坪で1億円」(=坪100万円)まで約1/3に下落し、不動産のチラシを見ていると、その後じりじり下がって今はだいたい80万円ぐらいでしょうか…つまり1979年当時の水準まで戻ったことになりますが、それでも「最初に買った人の約40倍」であるわけです。坪3万円と比べても、約27倍。(これはあくまでも大雑把な一般論で、個別にはニュータウンの中でももちろん立地の違いなどで差はあります。)
一方、この間に一般的な収入はどれぐらい上がったのでしょうか?1965年当時と今とを比べると、「だいたい10倍」と言われています。千里の地価は27倍~40倍、一般的な収入は10倍程度、この落差が「千里の不動産が買いにくくなった」プレミアム分ということになります。
「最初のころに買った人はトクをした!」と喜んでいる場合ではありません。千里ニュータウンは「すべての収入層の人たちに住む家を与える」ことが最初のコンセプトで、「まじめに働けば誰でも住むチャンスがある」のが趣旨だったのに、現状の実態はそこから大きくずれてしまっているのです。事実、最初からいるご近所は分譲の戸建でも一般企業の課長クラスだったり、小学校の先生だったり、魚屋さんだったり…そういった人たちでした。
最初のころニュータウンに入ってきた住民は多くが20-30代で、分譲住宅を買った人も30代~40歳前後であったのに、いま、その年齢の人が千里に住もうとすると…とてもとても高くて「住めない」ということになります。検討の対象外。多少環境は落ちても、千里より安くて都心に近い場所はいくらでもあります。いま、8000万や1億の不動産を買える人はなかなかいないし、買える年齢は自然と上にあがっていきます。
…それで「若い人が来ない」とか言ってるのです。それって、おかしくないですか?千里ニュータウンの中には「街並みが乱れる」という理由で戸建の分割を禁じる協定を結んでいる地区もありますが、僕は開発当初からのコンセプトのズレを思うと…僕だってなじんだ街並みの美しさは壊れないでほしいですが…とてもそういう動きに単純に賛成できません。そんなことやってると、自分たちの首を絞めるのではないか?かりに地価の高騰分を27倍と見て、収入が10倍になったことを考えてあらっぽく調整すると2.7倍。同じ広さの土地を買う難しさがそうなっているとすると、1/2に分割してやっと1.35倍まで緩和されることになります。
土地の値段は当然集合住宅にも反映されます。かりに50年前と同じようなゆったりした建て方を今やると、それはとんでもない高級物件になってしまうのです。こんな経済情勢で高級物件を買える人は限られていますから、「大量には売れない」ということになります。千里という土地は「安く売ると採算が取れず、高く売ると客が集まらない」…なかなか難しい土地だと不動産関係の人から聞いたことがあります。客がつかなければ市場原理で地価は下がりそうなものですが、そこが千里の不思議なところで柔軟に十分下がらない。ギャラが上がりすぎた大物芸能人が、テレビに出にくくなるようなものでしょうか…。売れなくてもガマンして使わない不動産を持っていられる人がけっこういるのではないかとも言われていますが、それをやる人が多くなると空き家が増えることになり、町が活性化しません。
集合住宅が建替によって高層化されることは、僕は「タテの敷地分割」のようなものだと考えていますが、住宅が必要な30代…せめて40代の人が「買える値段」にしようとすると、昔と違って低層では成り立たない。千里で建替をすると必ず高層化されていくのは、こういった「50年間の土地の高騰」が背景にあることを見落としてはなりません。
土地がこんなに高くならなければ…「千里の再生」はまったく違ったものになったでしょう。しかし京阪神の真ん中にあって国土軸に乗っていて、あらゆる交通が便利だという立地は変わらないので、これは「土地の運命」のようなものではないのでしょうか。開発以来、千里は阪神間のトップラインにつぐ「関西で2番目に人気のある住宅地」でした。2番目というのは、芦屋のような高級路線だけでも成り立たないのです(芦屋だって実はいろいろあります)。「まじめに働けば誰でも住むチャンスがある」位置づけを保とうとすれば、敷地分割や高層化は必然的に起きてくることで、この位置づけを無視すると(無視なんてできないのですが)千里は「住めない町」になっていく…
僕も千里の景観がどんどん変わるのは複雑な気持ちです。しかし町は生きていくもので、「みんなの千里ニュータウン」として人口と活気を保っていくためには、必要な変化もあるのではないか。最初の精神を保つために、形を変えなくてはならないこともある。そのバランスを取っていくための試行錯誤は、これからも続いていくでしょう。

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コメント

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  • コメント (6)

    • ボンチャン
    • 2013年 6月 05日

    千里の土地は、相続するものにとっても、負担です。
    お金がないと相続できません。
    購入時価格と現在価格の差で、老人たちも売るに売れない状況。

    • 奥居武
    • 2013年 6月 06日

    そうですねえ…不動産のほかに動産資産がある程度ないと、安心できませんね。小泉内閣の時に最高税率は下げられていますが、こんな経済状況で政府も「取れるところから取りたい」とやはり考えているでしょう。千里では「昔からの金持ち」なんていないので(いるとしたら地主さんだけです)、戸建でもけっこうつましく暮らしていることは商店街に豪勢なお店がないこと見てもわかるのですが。自分の住む家も守れないって、おかしいんじゃないかと思いますが。

    • ブルー
    • 2013年 6月 06日

    千里を大物芸能人に例えた話は、うなずけました。
    本当に、譲るところは譲るという選択をしないと、千里は、住む人が、いずれいなくなり、格好のビジネスあるいは東京のバックアップシティとして位置づけられ、官庁が分室をもってきたりして、伊丹空港を廃港して、東京のバックアップシティにする目論見もあるくらいですから・・・。

    • 奥居武
    • 2013年 6月 09日

    千里は人気が高く立地の良さは変わらないので「住む人がいなくなる」ことはないでしょう。大阪空港が将来どうなるかわかりませんが、リニアの駅は新大阪に造ることが確定していて、やはり国土軸は動きません(西への連絡を考えると新大阪しかないでしょう)。言いたいのはそのように「いい場所」を、若い世代が入りにくくなるような条件で縛ってしまうことは開発した時の趣旨に反するし、「ひいきの引き倒し」になるのでは…ということです。住環境を崩したくはないですが、もっと柔軟に考えていいのではと思いますね。

    • まさき
    • 2013年 7月 19日

    北海道の北広島団地に住んでいます。
    2008年の北海道のニュータウンシリーズを拝見しました。同時期の千里と共通点があるとのご指摘で、本記事を拝見しました。
    残念ながら、やり方は大きく異なりそうです。立地も40年前は同等だったのでしょうか、現時点では地価の違いが大きすぎます。北広島団地は坪6万程度、10年中古住宅付でも1000万円未満でしょう。それで購入希望者はいるのですが、安すぎて空き家持主が売却せず新陳代謝が今ひとつすすみません。
    他の面については参考になると思いますので、今後もブログを読ませていただきます。有り難うございます。

    • 奥居武
    • 2013年 7月 20日

    まさきさん、実は8月末にまた北広島へお邪魔する予定です。何年か前にきたひろの方々が千里にお見えになり、地価の違いにはびっくりしておられました。ただ「地価が下がっても持ち主が愛着ゆえに売ろうとしないので町が元気にならない」という現象は似ているように思います。同じニュータウンでも2つとして同じ町はないので「対策をそのまま持ってくる」ことはできないですが、「同じDNAを持っている仲間・兄弟である」ぐらいは言えると思いますので、お互いに学べるヒントがあればいいですね。90以上のニュータウンに行きましたが、北広島、けっこう気に入っています!

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