
2026年3月末で看板を下ろした「千里では誰でもなじみの場所」といえば、千里阪急ホテルのほかにもうひとつ。ロッテリア千里中央店ですね。「閉店」といっても、こちらはチェーン全体がロッテからゼンショーに買われたことによる「模様替え」です(改装のために一度閉めましたが、10日後に再開店)。ロッテのロッテリアから、ゼンショーのゼッテリアへ。わかりやす!(メニューは多少変わったようです。)
ところがこの千里中央店が注目を集めたのは、最後まで残った「ロッテリア」のうち、他に23時まで営業の店がなく、この店舗が全国で最後まで営業しているロッテリアになったということ。これを機会に寄ってもらおうと、お店の内外にはポスターがいろいろ貼ってありました。
タクシー乗り場の目の前にあり(1976~77年頃まではここにバス乗り場があった…バス路線が増えたので、今のような形に街路を変えて乗り場の場所を増やしたのです)、千里では誰でもわかる超心臓部なので、ちょっと15分時間があいたとか待ち合わせという時に、よく利用しました。
いつからここがロッテリアだったのか?歴史をひもとくと1972年にチェーンがスタートしていますから、少なくとも1970年から2年間は別の店だったはずなんですが、記憶にありません。それほど長く、この場所はロッテリアでした。
ファストフードのチェーン店は「どこにでもある店」の代表格ですが、ニュータウンにはよく似合います。広がった時期がほぼ同じだし、マス・フード・サプライと、マス・ハウジング・サプライのシステムは双子というか、戦友のようなものです。
どこへ行っても画一的でつまらない…と批判される点でも似ていますが、このコンビが日本の町を変えるようになってから、もう半世紀以上がたちます。旅行先でもついファストフードのチェーンに入ってしまうニュータウン育ちの私ですが、「同じ味と品質が保証されている」安心感は、とても大きなことだと思います。
千里ニュータウンは「日本最初のニュータウン」で、千里を含む北摂はそのような生活様式を広めたルーツの場所でもありますから、多くのファストフードが千里・北摂には縁があります。ケンタッキー(KFC)は70年万博会場内の店舗が日本でのパイロット店でしたし、ミスタードーナツの一号店は箕面でした。日本マクドナルドを始めた藤田田(ふじた・でん)さんは千里山にお住まいでした。マス・フード・サプライという意味では、インスタントラーメンやカップ麺を開発した日清食品もこのエリアがルーツです。格段に上等なものではなく、日常づかいで安心できる新しいシステムを広めて多くの人たちの生活を変える。そういったテスト・マーケティングに、千里・北摂はうってつけだったのでしょう。東京ではなく大阪というのも、取り回しのいい規模だったり、でも好奇心が旺盛だったり、そういう環境があるからではないでしょうか。
千里の人たちはそのようにファストフードとは「つきあいが長い」ので、お店も大切にして、よく親しんできたと思います。個人店舗でもチェーン店でも、やっているのは「人」ですから。マスの仕組みを使いながら、個人的にカスタマイズもしていく。そんなサービスが生まれるといいと思います。
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ランドスケープの観点から「万博レガシー」を考える特集号。超豪華メンバーにまぜていただき、千里万博の近隣住民として60年にわたり変化を見てきた私の講演録も出ています。

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