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過去の記事一覧
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オープンガーデンで町を結ぶ(北海道・恵み野)
ニュージーランドのクライストチャーチに触発されて、恵み野の人たちは自分たちの町を「花の町」にしよう!とコンテスト活動などを始め…やがてその成果は雑誌などで紹介されるようになっていきます。町が花いっぱいになると心が安らぐし… -
さあどうぞご覧ください…(北海道・恵み野)
今頃は雪に埋もれていることと思いますが、この写真は去年8月に撮ったもの… こちら、一般の戸建のお宅の庭なんです。恵み野ではどのお宅もこんな感じ…というのは言い過ぎですが、こんなお家があちらこちらに…花いっぱいで、しかもオ… -
ガーデニングでまちおこし(北海道・恵庭ニュータウン恵み野)
レポートがのびのびになってしまいましたが、去年の夏に行った北海道ニュータウンめぐり、最後は恵庭(えにわ)市のニュータウン恵み野にご案内します。 ここはとても行ってみたかったのです。…というのは、(とある新聞記事で読んだの… -
働くおじさん
冬の曇り空の下でも、公社A棟の建替工事は続きます… いろいろな資材や機材が運び込まれ、現場はにぎやかになってきました。藤白橋の上から見ると、なにやら溶接作業をしている様子…Men at workingです。40年前の先代… -
震災後の歳月(2009年1月20日)
さて、13年間で三色彩道のアメリカフウはどれだけ成長したでしょうか? 前日に紹介した1995年12月の写真と見比べてください…。モノクロとカラー、フィルムカメラとデジカメ、レンズや光線の違いがあって、完全に同一条件の比較… -
震災後の歳月(1995年12月25日)
震災前後の写真を探していたら、三色彩道の途中で撮った写真が出てきました。中途半端な構図ですが、この日は珍しく雪が積もり、カメラを持って会社へ行ったのです。気取ってモノクロフィルムなどで撮っています。1995年ですが暮れの… -
その街らしさとは
神戸市は震災後の14年間で、人口の1/3が新しい住民に入れ替わったそうです。 これを多いと見るか少ないと見るか…震災が人口移動を後押しした面はあったにせよ、14年の長さで1/3というのは、大都市であればそんなものではない… -
阪神大震災の時、千里ニュータウンはどうだったのか?
阪神大震災から14年…当時芦屋にいて震度7を経験した私にとっても忘れられない日です。 この震災で、千里一帯は「被災地」と呼ばれることはありません。しかし全く無傷であったわけでもありません。僕は「その瞬間」は芦屋にいたので… -
日時計
いよいよ50階まで伸びた千里中央の「ザ・千里タワー」。隣のライフサイエンスビルの上層階から見ると、細長い影が西町の団地に落ちて、まるで日時計のようです。 このような超高層のタワーマンションは当然、影の落ちる距離が長くなり… -
しゃれた舗道
建替工事が完成した新千里東町の公社住宅敷地内で… ここでは公社住宅として建設された新棟は1棟だけですが、最新型の公社のまちづくりがどんなことになってるか?という例を見ることができます。この舗道もそのひとつ…。公社団地の「…
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