- Home
- 過去の記事一覧
タグ:まちの記憶
-
北センター改装中(1993年4月10日)1.
産木民彦さんの写真展「千里山」に便乗して現在の同じ位置で写真を撮り「こんなに変わった」と驚いていたら、「その中間の写真があります」というお知らせを、読者のyamasinさんからいただきました!(この文字をクリックすると大… -
千里ニュータウンはベルリンか?(壁崩壊20年)
ベルリンの壁が崩壊してちょうど20年とのことで、特別記事。写真は2003年にベルリンを訪問した時の「ホンモノの壁」の跡です。 中央の人が踏んでいる線が壁の痕跡。正面に残された壁の切断面が見えています。歴史的な存在なのにご… -
次停車(約40年前)
こちらは1967年製の古いボンネットバスの社内。同じボタンでも今と全然違いますね~。 実は今年5月につくばへ行ったとき、ボンネットバスで筑波山一帯を案内していただいたのです。こういう古いバスを動態保存しているNPOがある… -
つぎとまります
路線バスはニュータウンの毛細血管ということで、バスネタもう一発いきましょう。 いまではあたりまえになったワンマンバスですが、千里ニュータウンが出来た頃のバスには、まだ車掌さんが乗っていました。定位置は中央の扉のうしろで、… -
ありし日を偲ぶ(新千里北町)
こちらは千里中央からほど近い新千里北町第3団地。いわゆる公団(現UR)の分譲団地です。 つい今月の初めまで姿を見せていたのに、先日、建替のために建物が覆いで囲われました。白にグリーンのアクセントがしゃれた塗り分けでしたが… -
「千里山(1964~1970)」写真展…天満橋・EXPO CAFE
開発初期の千里ニュータウンや建設中の万博会場が、若いレンズによみがえる! 前にも一度ご紹介したまぼろしの写真集「千里山」(自費出版なので一般の本屋では売っていないから)。産木民彦さんが千里丘陵を歩き回って記録した貴重な写… -
ここはどこ?は南千里でした!
昨日出題した「ここはどこ?」はおーぼらさんのコメントが大正解で、南千里でした!(ただし当時の駅名は「新千里山」) コメントにあるとおり、今は北千里行きのホームが増設されているため、定点(梅田行きのホーム上)から写真を撮る… -
ここはどこ?(千里ニュータウンです)
ひさしぶりに千里ニュータウン…なんですここは。ただし1965-67年頃。ニュータウンにお住まいだったある方が撮られた写真です。(このブログの写真、サイトポリシーに書いてありますが勝手に取って使わないでくださいね!) さて… -
「海を失った防波堤」by村上春樹(芦屋浜シーサイドタウン)
ニュータウンと既成の町の境界には、はっきりしたギャップが生成されることが多くありますが、埋立地のニュータウンでは、それは「旧海岸線」ということになります。 こちらが、昔ながらの「芦屋」(左)と、埋立地である「芦屋浜シーサ… -
海上都市(芦屋浜シーサイドタウン・1980年9月)
芦屋浜ができたばかりの頃、撮りに行った写真があったはずだ…と押入れを捜索したら、出てきました!弓なりに続いている甲子園浜からの遠望。夕陽にうかびあがる未来都市のシルエットです。 甲子園浜は阪神間でほぼ唯一残された自然の浜…


ランドスケープの観点から「万博レガシー」を考える特集号。超豪華メンバーにまぜていただき、千里万博の近隣住民として60年にわたり変化を見てきた私の講演録も出ています。

最近のコメント