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歩車動線分離の功罪(東京・多摩ニュータウン)

多摩ニュータウンでは面白い話を聞きました。多摩ニュータウンの中で初期に開発された多摩市域では、歩車道分離を徹底してやり、住民は歩行者専用の緑道を通って駅から家まで行けるように設計した。ところがそうしたために幹線道路には歩行者が歩かなくなり、夜は寂しい道に…。これを反省して後期に開発した八王子市域では、車道に沿って歩行者が歩くように考え方を変えたというのです。
この写真は多摩市域の諏訪・永山地区ですが、歩行者は左右の尾根筋を通る団地の中を通って駅から家に帰るので、たしかに谷筋を通る幹線道路は(歩道はついているけれど)あまり人影が見えません。歩行者は駅から自然に歩いていくと、尾根筋の緑道のほうへ行くように造られています。
ところが多摩ニュータウン開発前に完成した千里ニュータウンでは、初期開発の吹田市域では歩行者専用の緑道はあまりはっきりとした形ではなく、後期開発の豊中市域でこの緑道がはっきり設置されているのです。「交通戦争」と言われた高度成長期、歩車分離はできるだけ徹底してやったほうが理想的だと考えて、途中で設計を「進化」させたのです。
つまり千里と多摩をつなげると、千里・吹田市域(歩車並行)→千里・豊中市域(歩車分離)→多摩・多摩市域(歩車分離)→多摩・八王子市域(歩車並行)と、考え方が行ったり来たりしています。
町というものは整理しすぎるとにぎわいが出ない…という観点も、この「逆戻り」を後押ししたように思われます。
どういうやり方が、より「理想」に近いのか?…この行ったり来たりを見るだけでも、それはなかなか難しいものだということがわかりますね。

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