人はなぜ町を造ろうとするのか?

きょう2010年1月17日は、阪神大震災から15年めの日…歳月は速いですね。15年前、芦屋で震度7を経験した僕にとって、やっぱりなかなか普通の日のようには過ごせません。
僕は千里ニュータウンを造りはじめの頃からずっと見てきて、人間がすごい規模と意志で町を造っていくさまを子供心にやきつけ、たまたま1995年1月17日に芦屋に住んでいたために、自然がわずか20秒で町を徹底的に破壊した様子を目撃しました。そしてまた人間がすごい意志で町を再建しようとするさまも…。
いま阪神間を歩くと、「あれほど滅茶苦茶に潰れて、これほど造り直した」短期間の往復の変化に、ただただ、自然も人間もスゴイ!と思います。その変化の距離の膨大さを考えたら、15年は短かったのかもしれません。
ニュータウンにしても震災復興にしても、人はなぜ多大の労苦を払い、気まぐれな運命も乗り越え何度も町を造ろうとするのでしょうか。やはりそうしないと生きていけないから…。人はひとりでは生きていけない。その思いの共通の入れ物が町なんだと思います。町を造るということは「文明」そのものといってもよく、人間がやることの中で神の領域に近いことのような気がします。
そして今、千里ニュータウンをはじめとする多くのニュータウンが、築後の歳月や人口減少社会による造り直しの時を迎えようとしています。変化は止められない。時間は逆には回らない。変化することこそ、生き続けている証拠です。しかし…ハードが変わってもハートの部分では、何か引き継がれていくものがあってほしい。阪神間が今も阪神間で、これからもずっと阪神間であるように。
生きている人間は、前に向かって生き続けなくては…。町がそうであるように。そして目の前にいる人は、どんなに仲が悪くてもやっぱり大切です。いざとなったら身近にいる人たちだけで、なんとかしなくてはならないのですから…。
ときどき「あんな大災害が来たら何も出来ないから何も準備しない」という人がいますが、とんでもないことです。揺れる前にやっておけることは、いくらでもあるでしょう。
震災は僕にとって重い記憶でもありますが、マジメに生きることにためらっている場合じゃないと、背中を押してくれる経験でもあるのです。
写真はきょう、芦屋から有馬に抜ける芦有道路の展望台から神戸方面をのぞんで。よく晴れた寒い日でした。

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