2018年夏のシンガポール・レポートも長くなったのでちょっと一服。今月、梅雨の晴れ間に撮影したセルシーです。

千里ニュータウンを知らない人でもセルシーは知っている…というぐらい、1972年の開館以来、北大阪の娯楽の殿堂として大勢の人に親しまれてきたセルシー。

「民間商業施設」ですが、中心にある「セルシー広場」は、売出中の芸能人がステージを飾ったり、地元民のイベントの場になったり、何もない日も人がたまっていたり…すっかり「実質、公的な」場として機能してきました。「まとめるもの」が必要な人工都市の千里では、意識的に「広場」が町の中心に取り入れられましたが、中でもセルシー広場は一番はなやかな場だったと言えるででしょう。

すりばちの底のような広場からは取り囲むオープンデッキが見上げられ、その未来的なスタイルは万博のパビリオンのようでもあり、しかし実はローマのコロセウムのデザインにならったとも言われています。

そのセルシーが建物の老朽化のためいつしかテナントの退店があいつぐようになり、2018年に建替計画が公表されたあと、大阪北部地震で広場等への立入が禁止され…2019年には「施設としての閉館」が発表されました(唯一、地下のパチンコ店だけまだ営業しています)。親しまれたテナントは他のビルに移ったものもあり、営業を終えたものもあり。

大阪北部地震から約2年、外観的にはこの状態で、時が止まっています。

皆が気にしている「どんな建物・施設ができるのか?」「どうなるのか?」については、まだ姿が見えてきません…。豊中市のホームページにはこのような「基本計画」が出ていますが、あくまでも市の「計画」です。(「計画」ですが、これは読み込むと、大変興味深いです…)

カギを握っているのは、千里阪急などを経営しているエイチ・ツー・オー(H2O)リテイリングのようですが、そこへ起きたのが、このコロナ禍です。百貨店・小売業界が甚大な影響を受けているとき、この再開発は計画規模が大きいだけに、気になります。

千里ニュータウン、グレーター千里、北摂全体にとって「千里中央」はやはり「にぎわいの中心」で、そこが元気にならないと「へそが抜けたまま」。その千里中央でもシンボル的な場所が、ここです。

前向きに考えればこのコロナ禍で、郊外は「働く場所」としての再評価も上手に捕まえたいものです。都心のオフィスを畳んだり縮小したりという動きも出ているようですが、じゃあそれに代わる働く場所は「全部、家」?スタバやドトールを転々と?

この機会の新しい動きも、千里から始まりますように!

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