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8月に行った広島探検にもう少しおつきあいください。
ここは広島市の中心部。いわゆる「ニュータウン」ではありませんが、有名な大規模団地の建設例として知られる基町(もとまち)の高層アパート群です。右に見える水面は広島城のお堀ですから、いかに町の中心部かがわかりますね。平和公園からも十分歩ける距離です。
この一帯は原爆で壊滅状態となり、戦後20年あまり「原爆スラム」と呼ばれる木造バラックが密集していました。その住宅環境を改善しなければ真の戦後復興はないという信念のもと、1972-1976年にかけて建設されたのがこの高層住宅群です。つまり時期的には「千里のあと」になりますね。最高20階建て。それほど高密度化しなければ、当時の住宅需要はまかなえなかったわけです。
一見画一的でドライに見える団地ですが、重い歴史背景があります。千里ニュータウンの建設動機もさかのぼれば「戦災復興」から始まっていて、それは戦後20年以上、尾を引き続けた「社会的要請」でした。建築の雰囲気は、やはり千里ニュータウン後期と共通した時代性を感じます。
なんだかどうしても竹見台に見えてしまうこの町を前から一度訪ねてみたかったのですが、やっと行くことができました。(つづく)

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