遠くの町の仲間たち…香里団地(大阪・枚方)

千里ニュータウンは「日本で最初の大規模ニュータウン」ということになっているので、日本に「ニュータウンの先輩」はいないことになりますが…実は千里の前に「ニュータウン」を名乗って開発された町があります。それが枚方の香里団地。当時は「香里ニュータウン」とも言われました。入居開始は1958年だから、千里より4年先輩です。東京タワーが出来た年ですね。
じゃあ香里が最初のニュータウンじゃないの?という疑問が出てきますが、香里(155ha)は千里(1,160ha)よりはるかに小さいこと、テストケース的な意味合いが大きかったことなどから、ここは「ニュータウンのプロトタイプ」と呼ぶのが妥当でしょう。「プレ・ニュータウン」と言ってもいいのかな?しかしここが「普通の団地」を超えた存在であったことは、住宅だけでなく商業施設や学校や公園など、「町」として必要な機能をワンセットで計画されたことからも伺えます。(基本計画を作ったのは、千里と同じ京大の西山夘三研究室です。)
なぜこんなことにこだわるか?と言うと、千里が団地の大規模建替の時期を迎えるにあたって、そういう経験を先にしている町はないのか?…ということを探すと、香里は貴重な例なのです。町の中心部では建替がほぼ終わり、新しい街区が出来上がっていました。
うーん、立派!建物は今風に高層化されていますが、新しいニュータウンとも違う。なぜなら街路樹が大きいからです。建物も大きければ樹も大きい。これが建て替えられた町の特徴です。この写真に写っているのは売却されて民間マンションになった部分で、建物が敷地境界線近くまで出てきていますが…樹が大きいから圧迫されるような息苦しさはありません。塀を立てていないことも団地の設計を引き継いでいます。
千里で団地建替が心配な人は、香里を訪ねてみたらいいと思います。もちろん完全に同じ町が千里にも出現するわけではないですが、ものすごーく参考になると思いますよ。

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コメント

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  • コメント (2)

    • カンチョー
    • 2010年 1月 27日

    あの頃、日本が戦後復興をどう遂げるか、社会がどう近代化するかに、アメリカの文化人類学は興味をもち、ミシガン大学が各地で調査をやっています。香里団地はその時、日本の代表的なバトして書かれた本(報告書)がありましたよ(著者の名前が思い出せない・・・、しらべときましょう)。

    • 奥居武
    • 2010年 1月 27日

    香里団地には、ロバート・ケネディとか、サルトルとかボーヴォワールも来たそうですよ。なんだかすごいですね。日本からしても、外国人に見せたい自慢の町だったんでしょう。

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