「日本列島改造論」とニュータウン

ニュータウンめぐりの途中ですがちょっと寄り道…最近、たまたま手にする機会があった田中角栄元首相の「日本列島改造論」(1972年)。ぱらぱらとめくっていたら…おお!最終のカットはなんと、千里ニュータウンではありませんか!千里南公園から竹見台のスターハウスを望むおきまりのシーン。「国民に安らぎのある生活を」とキャプションがついてます。ニュータウンは「安らぎのある生活」の象徴だったんですね~。
田中角栄は団地萌えでスターハウスマニアだった?…なわけないか…
田中角栄とか「日本列島改造論」とか言っても若い人は知らないかも?ですが、ある時期に「ブーム」を作った、最近で言えば小泉さんみたいな人。あんなに一世を風靡した本だったのに、いま新刊では手に入らず、図書館か古本屋に行くしかありません。
しかしいま読むと、小泉さんと人気は似ているけれど主張は真逆であった…ということがわかります。その主張はつまり「地方分散」。それを可能にする新幹線や高速道路や雇用を生む工場誘致やその受け皿になる地方へのニュータウン建設や…氏は金権問題でごく短期間で首相を退きますが、その主張は1970-80年代の地方開発の基調をつくったといえるでしょう。(小泉さんの都市政策は「都心活性化」「首都圏集中」を促進したと言えると思います。)
日本でのニュータウンの建設は、1960年代の高度成長期、大都市に来る大量の人口をうけとめるためのニュータウンから、1970年代以降、地方に人口を増やすためのニュータウンに、しだいに重心が移っていきます。その転換点にあったのがこの「列島改造論」で、そのゴールイメージとして掲げた写真が千里ニュータウンだった…
小さいころから見慣れた景色も、歴史の歯車の中でそんな位置づけを持っていたのかと、調べるほどにびっくりするばかりです。
氏がニュータウニストだったということはないと思いますが、見方によっては日本で一番たくさんニュータウンを造った人…ということも言えるかのも?…ニュータウン的なイメージを利用しただけだったんだろうか?しかし社会構造を変えて都市開発をすれば当然そこには住宅が必要とされます。
都市でも地方でも、国民は「安らぎのある生活」を手に入れたのでしょうか?

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

好評発売中!

樹林舎刊の写真集『吹田市の昭和』の千里ニュータウン部分を中心に、コラム執筆や写真のアレンジ、事実関係の確認などを担当しました。限定1,500部。書店でお申し込みください。

好評配布中!〔無料〕

千里ニュータウンの最新状況がわかる「千里ニュータウンマップ2018」の制作をお手伝いしました。このマップは南千里駅前の「吹田市立千里ニュータウン情報館」で配布しています。2013年版も在庫があります。

好評発売中!

吹田市立博物館とパルテノン多摩の2018年共同企画「ニュータウン誕生」の展示・図録制作をお手伝いしました。図録購入(吹田版)はこちら。多摩版はこちら。(内容は同じです)

アーカイブ

ページ上部へ戻る