タグ:まちの記憶

  • 勝手に定点観測part2

    40年前に北千里にお住まいだった「峠の山賊」さんが1968年に父上の高木伸夫さんが撮られた貴重な写真をアップしてくださり、定点観測しやすいように2枚目もつけてくださったので、さっそくチャレンジ!(上が2009年、下が19…
  • 勝手に定点観測

    読者の「峠の山賊」さんから父上の高木伸夫さんが1968年10月に撮影された写真をご提供いただきました。プリントアウトして、北千里小学校の校庭が今の状態のうちに定点観測を試みたのですが…(上が2009年、下が1968年) …
  • バトンタッチ

    この春、千里ニュータウンではもうひとつの学校名が姿を消しました。東豊中高校。 東豊中高校は少路高校と統合のため、2006年春入学の学年を最後に募集を止め、2007年春からは、「総合学科高校」の千里青雲高校が、東豊中高校の…
  • 橋を架ける人に

    2年ほど前に北千里地区の記録写真展を駅前でやったとき、北千里小学校の開校当初の資料を拝見する機会があったのですが、その中に「橋のある学校」という言葉がありました。 もともとニュータウン計画に織り込まれていなかったため、校…
  • 最後の春休み

    北千里小学校の校庭。3/28・29の学校開放では、廃校になるのを惜しんで、校庭で同窓会をする光景も見られました。影が長くなる時間まで…。(この写真の視点が高いのは、公社と校庭を結ぶ専用歩道橋から撮っているから…) 北千里…
  • ようこそ北小へ

    最後の機会なので、あと数日だけ、廃校間近の北千里小学校の様子をお伝えします。 校門から入った正面の回廊で子供を迎える手づくりのウェルカムボード。北小の校舎は規格型だったけれど、中に詰まった愛情はいっぱいです。最後の春の陽…
  • さようなら、北千里小学校

    この3月末をもって少子化のため廃校となる北千里小学校の学校開放が、この3/28・29にありました。 北千里小学校は千里ニュータウンの児童数の予想外の増加にともない、ニュータウンのマスタープランにない初めての学校として、1…
  • 塔たちの肖像

    千里中央公園の展望台から、千里中央方面を望む。 建設が追い込みに入った50階建のマンション「千里タワー」を中心に、左手前のライフサイエンスセンタービルが従者のように見えます(去年の夏にはこんな感じでした)。1992年にラ…
  • カプセルショップ

    千里南地区センタービルは、北側に続く歩行者デッキと、(今は建て替えられてしまいましたが)そのさらに北側に張り出した南センター専門店街と一体で設計されています(完成には数年の時差があります)。 そのデッキに張り付くように並…
  • 吹き抜けの思い出(千里南地区センタービル)

    互い違いのファサードが印象的な千里南地区センタービルの中に足を踏み入れてみました。 入居開始から1970年に千里中央ができるまで、南千里は千里ニュータウンの「核」であり、住民の生活を支えるいろいろな機能が、このビルには詰…

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