なつかしのオリンピック(1988年・ソウル)

春どころか夏めいてきてもおんもへ行けないので、昨年(2019年)11月に韓国へ行った時のレポートの続きをやります。当ブログでは2019年12月6日付30日付でレポートした、つづきです。

さてこちらは、ソウルの中でもリッチなエリアとして鳴らしている瑞草区、その東隣の江南区からさらに東へ進んだ松坡(ソンパ)区1988年ソウル五輪のメインエリアとなり、第二会場の隣には当時の選手村…今では五輪団地となっている一画があります。オリンピックの選手村となれば気合を入れて設計するに違いないですから、今はどうなってるのか、案内していただきました。

この写真が、モニュメント。…シンボルマークがあるからそうだってわかるけど、碑文は「4」しか読めないっす。(24か?)1964年の東京五輪から、24年後。当時日本はどんどんバブルになってく途中で、「いい気」になっていました。それから今年まで、早や32年。「ソウル五輪後」のほうが長くなってしまいましたね。

1964年と1988年の「時差」が、アジアにおける日本と韓国の経済発展の「時差」とほぼシンクロして語られますが、その後の32年間は、韓国がオリンピックで弾みをつけて発展してきた時期と重なります。その「原点」がここにあるのかも?日本で言うと、代々木みたいな感じでしょうかね。

追記:FBコメントでご教示いただき、碑文は「第24回ソウルオリンピック大会 選手・記者村」だそうです!

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コメント

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  1. 2020年 5月 03日

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